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わたしとミステリ

 

8.鮎川哲也と十三の謎Ⅱ(宮部みゆきと社会派ミステリ)

 

宮部みゆき

『パーフェクトブルー』(1989)

 

・次に宮部みゆきの作品を紹介する。80年代には大型新人作家が数多くデビューし、宮部もそのうちの一人である。

・鮎川哲也と十三の謎シリーズは80年代ミステリを語る上では外せない作品ばかりが集まっている。

・『パーフェクトブルー』は宮部みゆきの初の長編作品。これも当時配本されていた<鮎川哲也と十三の謎>というシリーズのうちの一つ。80年代のミステリーを考えるうえでこのシリーズはものすごく重要なシリーズである。

・『パーフェクトブルー』には宮部の長所が惜しげもなく出されており、宮部のエッセンスが詰まった、読者サービスの行き届いた作品だといえる。

 

社会派ミステリ

+

ハードボイルド

 

・この作品は松本清張の社会派ミステリに属する作品。宮部は松本清張好きなことで有名で、清張のアンソロジーを編んだこともある。

・枠組みとしては本格ミステリとも呼べるが、ドーピングなど薬物をめぐる社会問題といった当時の時事を背景としたという意味で社会はミステリとも取れる。

・作品の後半で悪の組織(製薬会社)による人体実験が暴かれるが、暴走族と製薬会社との乱闘など、ハードボイルド、活劇風な要素がある。

 

語り手 犬の視点

 

・非常に面白いのは、ジャンルが混交しているのに加え、語り手(正確に言えば語り犬)が犬であるということである。語り手は引退した元警察犬のマサ。宮部はこの後<マサ>シリーズを書いていく。純文学だと夏目漱石の『吾輩は猫である』という先例があるが、ミステリとしては斬新な作品。宮部は語り手が犬であることを、作中で効果的に活用している。

 

中立性

+

当事者性

 

・犬が読者に事件を報告するのだが、当然、登場人物と犬との言葉によるコミュニケーションはない。そのため本格ミステリの基本的なルールの一つである「語り手の中立性」が完璧に守られる。

・この犬も事件の捜査に加わる。作中では少女が誘拐されるシーンがあるが、その際に犯人の車に乗って追跡するなど、犬ならではの捜査を行う。

・もともとは警察犬のため、中立性だけでなく警察しか知ることのできない事件の現場も読者に伝えるという当事者としての役割を果たしている。

 

科学性

 

・語り手が犬であるため、人間が嗅ぎ分けられない臭いも嗅ぎ分け、登場人物さえ知らないような情報を読者に客観的事実として伝えるという役割も果たしている。

 

・この話には以上のような特徴があげられる、以下、この物語の内容に踏み込んでいく。

・高校野球界の大スターが殺害、しかも焼き殺されるというショッキングな事件が起こる。高校野球は青春のピュアなイメージがあり、高校野球界はイメージダウンを非常に嫌っていた。宮部は高校野球界の純粋主義への問題提起も作中でしている。

・現場には被害者の弟のシンヤと民間の探偵事務所の女性が居合わせた。その女に飼われている犬がマサである。二人と一匹は殺人事件の捜査を始める。被害者が高校野球界のスーパースターに対して弟は不良少年というありがちな設定。

・兄の関係者を洗っていくと、兄のリトルリーグ時代にグラウンドの整備をしていたある人物が殺害される。捜査を進めるにあたり、ある製薬会社が浮かんできた。その製薬会社は兄たちに無料のドリンクを配布していた。そのドリンクの中身は筋肉増強剤。ドーピング剤であった。

・製薬会社の社員の一人が会社の行っている怪しい人体実験の事実を知り、内部告発をしようとする。それを防ごうとする製薬会社はその社員の娘を誘拐し、娘を取り戻したければ情報を公開するなと社員を脅す。このあたりでドーピング問題や企業倫理といった社会派ミステリらしさが描かれる。また、誘拐された娘の救出劇といった冒険活劇風な描写もみられる。

・何とか救出に成功し、ここから事件の真相が徐々にわかってくる。被害者が高校野球界のスーパースターとなりえたのは製薬会社からもらった飲料に筋肉増強剤が入っていたためであった。その事実を知った兄は両親に詰め寄る。兄の将来を心配した両親は事実をもみ消そうとし、関係者を殺していた。兄は殺されたのではなく事故死。両親ともみあいになったとき廊下にはワックスが塗ってあり、足を滑らせ転落死してしまった。このままにしておくと子供を殺したことになりかねないため、焼き殺されたかのように偽造したのであった。

・最後には父親が自主を決意し、自自親の告白により真相が明らかになる。

・弟は心に深い傷を負ったが何とか頑張って生きようとする。身内の不幸を乗り越える成長小説とも取れる。

 

ドーピング問題

1988年 ソウルオリンピック

ベン・ジョンソン

 

・パーフェクトブルーというタイトルは、兄の飲んだ薬が非常に美しい青色をしていたことからつけられたタイトル。

・この本が刊行される前年にはオリンピックが開催していた。ベン・ジョンソンという陸上選手が、100mで世界記録をたたき出す。世界中が盛り上がったが、選手はドーピングをしており、世界的なスキャンダルとなった。スポーツ界でのドーピング検査が厳しくなったのはこの事件からである。スポーツと薬物の社会問題という観点から見ると、非常にタイムリーな作品である。

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