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わたしと梓崎優

スプリング・ハズ・カム

 

――答えというのは、いつだって一番単純なんだよ――

 

Impression

 

・なんといっても伏線の張り方がすごい。特に冒頭2ページは絶妙(その中でも特に最初の一行!!)。用いられているトリックはありきたりものだけど、主人公の鳩村にしか見えず声も聞こえないはずの支倉が鳩村に話し、鳩村も支倉と話す。しかも、支倉の言葉に反応しているのは鳩村だけであるにもかかわらず、他の人たちとの会話がちゃんと成立している。これがすごい。他にも、支倉のフルネームを出さなかったりと細かな仕掛けも多く、秀逸。

・事件の真相は鳩村が「例えば」と前置きして一番最初に唱えたが、ほかの人たちに一蹴されたものであり、しかも、叙述トリックの真相も最初の一行で示されている。二つの謎が本当は一番最初で解明されていたという構成がすごく綺麗です。

・伏線の回収も、ところどころ感じた違和感が、真相の解明ですべて氷解していく快感と、「一本取られた」と騙される快感の挟み撃ち。真相に込められた願いのようなものもホワイの名手と言わざるを得ない。『叫びと祈り』の手法を青春ミステリにするとこうなるのか! と唸らされました。

・最後には事件の解決と叙述の真相が「死」への恐怖という点で一つに重なって鳥肌ものです。特に、「希望の架け橋から落ちて死ぬなんて、想像できなかったから」という犯人の独白には感動が止まりませんでした。時効が十五年で亡くなったことを希望の材料とするのも面白いです。

・ミステリとしてだけでなく、テンポも見せ方も上手くて作品に漂うノスタルジックな雰囲気も手伝い、小説としての完成度も高い再読必須な作品です。読み終わった後のタイトルが効いてきます。現在形でも未来形でも過去形でもなく、現在完了形というところがまた素敵です。

・読後に片山若子先生の扉絵を見ると「あー、この絵にはこんな意味があったのかー」と吃驚仰天です。本当に、作品の外部でも驚かせてくれます。

・僕の中ではHysteric blueの名曲「春~spring~」がこの物語のイメージソングです。

 

Story

 

プラットホームには、誰もいなかった

 

・高校の同窓会で旧友との十五年ぶりの果たした鳩村は、二次会の終了後一人、駅のプラットホームにいた。

・穏やかな春の風が引き、反対側のホームから鳩村を呼ぶ声がする。十五年ぶりに再会した支倉は、昔とほとんど変わっていなかった。鳩村は、十八歳の自分と三十三歳の自分は十五年の厚みがあるだけ違うが、自分が戸村雄二であることに変わりなく、十八歳の自分が消えてしまったわけではないと理解する。

・鳩村は、支倉に向かって言う「誰が卒業式に放送室をジャックしたのか。たぶん、俺はわかったよ」

 

再会

 

・時間は同窓会開始前に巻き戻る。2010年5月22日。同窓会の会場についた鳩村の前に、突然小柄な支倉が現れ、鳩村は狼狽する。

・同窓会の昼の部のタイムカプセルの掘り起こしは15時からだったが、鳩村は仕事の都合で間に合わなかったため、夜の部からの参加だった。タイムカプセルの掘り起こしに時間がかかっており、会場には鳩村しかいなかった。

・鳩村と支倉が話していると、かつてクラスメートだった集団が入ってきて、かつて同じ放送委員会に所属していた志賀と再会した。

・志賀は数学好きが高じて教師になり、一昨年には結婚していた。他にも、学生時代には女子と口をきくようなこともなかった内気な同級生が三児の父親となっていたりするなど、色々な変化があったことを知り、十五年もたてば殺人事件は時効になり、イケメンはデブになると茶化す。

 

タイムカプセルの開封

 

・タイムカプセルの中には、高校三年生が三十三歳の自分に向けた手紙が入っていた。そのうちのいくつかを熊野先生に読み上げてもらおうと志賀は提案する。鳩村、支倉、志賀、そして石橋は放送委員会に属しており、その顧問が熊野であった。

・熊野はかつての教え子たちに語る。「十五年前の自分と対面するのは、恥ずかしいだろうな。それは、当時の君たちと、今の君たちの考え方が、あまりに隔たっているからだろ思う。高校生の頃の君たちには、十五年後というのは途方もない未来だっただろう。三十三歳とは、当時の私の年齢だ。君たちにとっては、今まで生きてきた時間をほぼもう一度繰り返さないと、たどり着けなかった未来だ。十五年という時間はとても長い。卒業、就職、結婚――いろいろなことがあったはずだ。良いこともあれば、悪いこともあっただろう。十五年の間に、所在が分からなくなった子や、事故で亡くなった子もいる。けれど、今ここにいる君たちは、みなきっと前を向いて歩いてきてくれたと思う。だから、今日は、少しだけ過去を振り返ってみよう。ここには君たちの、夢と希望という名の若気の至りがつまっている」そして熊野は、授業の開始を告げる言葉を口にした「さあ、始めようか」

・時間の都合上、熊野が読み上げるのは五人分だけとなった。熊野がメッセージを読み上げるたびに悲鳴と冷やかしの声が上がり場が熱気を帯びていく。

・五枚目の手紙が開封され、熊野は驚く。「『卒業式の事件を覚えているだろうか。放送室をジャックした事件だ』」食堂全体が虚を突かれたように静まった。「『――三十三歳の私は宣言する。あの事件の犯人は、私だ』」

 

十五年前

 

・卒業式の日は雪だった。放送委員だった鳩村は普段よりも一時間早く登校し、7時35分に体育館の放送室に入った。放送室の中には、支倉、志賀、石橋が既におり、顧問の熊野が入ってきて卒業式のリハーサルを始めた。

・鳩村がデスクアンプとミキサーの主電源を入れ、石橋が放送室の小窓を開け、支倉がデッキにCDをセットし、志賀が音量のつまみを調整した。放送委員としての彼らの最後の仕事は式で歌われる校歌と「仰げば尊し」のピアノ伴奏を流すことだった。

・リハーサルでCDを流すと校歌は正常に流れたが、「仰げば尊し」のCDの中に入っていた曲は「燃えよ北高、バーンバーンバーン」という曲であった。通称「燃え北」と呼ばれるこの曲は、昨春の学園祭用に放送委員が作った応援歌だった。初めは学園祭のBGMとして作られたこの曲は生徒からの反響を受け、季節を超えて流行し、秋の体育祭にまで流用された。CDを焼ける機能が自宅にある支倉がジャケットに寄せ書きをもらうため持ってきたCDを悪戯で再生しまったものだった。熊野は呆れながらも「仰げば尊し」も確認しておくようにと7時55分に放送室を去った。

・体育館の二階にある放送室は、三面の壁にそれぞれ一つずつ窓があり、ドアを背にして左側の壁には体育館側をのぞける24インチ四方の小窓が、右側の壁には屋外に面したはめ殺しの窓が、正面にはステージを横から見下ろすことのできる大きなガラス窓が設けられていた。正面の窓からは、各種の幕や太いパイプ、そこから吊るされている照明装置が見え、幕はガラス窓の左側の視界を縦に遮って垂れ、固定式のパイプはガラス窓の下の壁に突き刺さっており、それらはステージを挟んで向かい側にある体育準備室まで続いていた。

・放送室自体は機材や棚に囲まれた六畳ほどの小部屋で、ペンキの禿げた古ぼけたドアには、不似合いな金属製のドアノブがついており、錠は押しボタン式となっている。本来はカギがないと外から施錠はできないが、実際はちょっとしたコツでロックすることができた。

・散々見飽きた放送室も、この景色を眺められるのは今日で最後なのだと鳩村は思い、放送委員としての過去を思い返す。ステージに目を向けると、そこには鳩がいた。東京の大学に行くことの決まっている鳩村は北海道より確実に暖かいはずなのに、急に極寒の地へ旅立つような錯覚を覚えた。鳩は翼を広げると、そのままステージ上から姿を消した。「鳩も、春が早く暖かい風を運んでくるのを待ってるんだよ」

 

燃えよ北高、バーンバーンバーン

 

・卒業式は、あっけないくらいにさらさらと進んでいった。一つ一つのプログラムが何の引っ掛かりもなく興奮も涙もない、一度も会ったことのない大人たちが長い話をする式典が卒業式であった。前生徒会長の沼が卒業生による答辞を述べるためステージに立つと、「仰げば尊し」のCDをかける準備をするため、鳩村は放送室へと向かった。

・ステージの左側には用具室、右側には楽屋があり、用具室の上には体育準備室、楽屋の上に放送室がある。用具室と楽屋はステージの裏側の連絡通路で結ばれており、式の最中でも自由に行き来ができるようになっていた。一組の志賀と二組の石橋は楽屋から、三組の鳩村と四組の支倉は用具室から連絡通路経由で放送室へと向かった。

・鳩村が放送室に向かっていると、ド、ド、ド、ドコドコドコ。巨大な音が体育館中に響き渡った。体育館が騒然とした雰囲気に包まれ、誰もが立ち上がったが何をしていいのかわからずに呆然となった。

・ギュイギュイーン。重低音のうねりを耳にした瞬間、鳩村は無意識のうちに走り始め、ステージへと目を向ける。答辞を読んでいた沼は、ふいに原稿を投げ捨てマイクを握り叫んだ「俺たち三十二期生は今日卒業します!」鳴り響く演奏に負けない大声に生徒が静まり返る中、沼は叫び続ける「今日を迎えられたこと、本当に感謝しています、けど俺は口下手なんで、うまく感謝の気持ちを伝えられません。なんで、歌にしてみんなに伝えます! 俺たちの歌、燃えよ北高、バーンバーンバーン。皆、歌え!」ボーカルの声に合わせて大合唱が体育館中を襲った。事態を理解した生徒が続々と合唱に参加する。体育館には「燃え北」を祝福する天使のように鳩が悠々と飛んでいた。

・鳩村は沼に駆け寄りたい衝動を抑え、階段の脇を通りステージ裏の連絡通路に駆け込み階段をのぼり放送室にたどり着く。放送室前では三人が立ちすくんでおり、ドアにはかぎが掛かっていた。支倉の持ってきたCDは放送室に置いたままだったが、ケースに収められており、デッキも空になっていたことを効果の伴奏が終わった時に確認しており、最後に部屋を出た支倉もそう言っていた。これは、だれかが故意に「燃え北」を流したことを意味していた。

・「燃え北」が流れ始めたのは沼がステージに立った後で、その時には放送委員は放送室へと向かっていた。犯人が放送室を脱出していたとすれば四人の誰かと会っているはずであり、そうでないとしたら、犯人は放送室の中にいることになる。

・鳩村が志賀を振り返ると、彼の右手には鍵があった。なぜ開錠しないのかと目で尋ねるが、志賀もそれに目で答え、何かを訴えている。熊野が階段を駆け上がり、放送室のカギを開けると、中ではデッキにCDがかけられていた。窓から体育館を見渡すと、こぶしを突き上げている沼と苦笑いする校長が目に入る。鳩村はここで全身がやけに熱くなっていることに感じ、その正体に気が付く前に「燃え北」の曲は終わった。やれやれといった表情で熊野はCDをデッキから取り出し、ケースにしまった。

 

同窓会にて

 

・鳩村は石橋とも再開する。石橋は十五年の時を超え、スキニーを履きこなすスタイルの良い女になっていた。鳩村は石橋に一人東京へ行く自分に思い出をくれた放送室をジャックされた事件に感謝していると告げる。結局、熊野が読み上げた手紙に書かれた犯行声明に対して自白したものはいなかった。

・石橋と鳩村は十五年前の卒業式の日を思い返す。鳩村は「燃え北」のCDが放送室にあることを市営、機材の扱いに通じていて、卒業式の最中に自由に動き回れた人間は放送委員であった自分たち四人以外に容疑者はいないと言う。

・鳩村たちの前に志賀が現れ、その手には体育館のカギが握られていた。志賀はみんなで放送室ジャックの謎解きをしようという。支倉は昔と変わらないいたずらっぽいまなざしでほほ笑んでいた。今日だけは、十五年前に戻ることが許されているのよ。鳩村は、彼女がそう言った気がした。鳩村は熊野の声色をまねていった「さあ、始めようか」

 

十五年前の密室

 

・鳩村たち元放送委員のメンバーは体育館に移動した。鳩村は犯人が放送室から消えたのは幕につかまりながら太いパイプを渡ったのではないかと仮説を唱えるが、落ちたら死ぬかもしれないようなところを渡るとは思えないと三人から一蹴される。

・石橋が体育館の構造を再確認し、放送室へ向かうには楽屋にある階段を上るしか道はなく、その会談は体育館側のドアを通るか、ステージの上から直接楽屋に入るか、ステージ裏手の用具室と楽屋をつなぐ連絡通路を渡るしか方法はないことを改める。鳩村は体育館側のドア軽油を『表』ルート、ステージから乗り込むのを『ステージ』ルート、ステージ裏の連絡を『裏』ルートと名付け、支倉が追加でパイプを通るのを『スーパーマン』ルートと命名する。

・志賀と石橋は『表』ルートから、鳩村と支倉は『裏』ルートから放送室へと入った。放送室には志賀、石橋、支倉、鳩村の順で放送室にたどり着いた。志賀はステージにいた沼に何か見ていないか尋ねるが、沼は何も見ていなかったという。石橋は、話し合う中でひらめき、犯人が分かったと宣言する。

 

石橋の推理

引用元:アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』

 

・体育館から食堂に戻ると、石橋は自説を述べ始める。

・CDは校歌伴奏の放送を終え部屋から出る際にはCDケースに入っていたため、機械の誤作動ということは考えられず、かつ、犯人は四人の中にいる。犯人の脱出経路は窓とドアしか可能性はないが、体育館側の小窓は小さすぎて人は通れず、屋外に面したものははめ殺し、ステージ側の窓からの脱出はあまりに危険なため窓からの脱出はあり得ない。ドアから脱出したとすれば『ステージ』ルートは衆人環視のため不可能、『表』ルートと『裏』ルートは放送委員が通るため必ず誰かと鉢合わせする。そのため犯人は脱出ができないことになる。犯人にできることはドアから部屋を出て放送室の前にとどまっていることくらいである。よって、犯人は最初に放送室に到着した志賀である。

・石橋の推理に志賀は反論する。放送委員長であった志賀の仕事の一つが放送室のカギの管理であった。実際には鍵がなくても外からロックできるが、当時の志賀はそれを知らなかった。もしドアのカギが閉まっていたらドアのカギを持つ志賀が犯人だと言っているようなもので、仮に志賀が犯人だとしたらドアのカギは閉めないと言う。志賀がカギなしで外からロックする方法を知らないのは自己申告に過ぎないが、他の放送委員が知っているかは結局わからない。石橋は、鍵を閉めなかったら「燃え北」を止められる可能性があったため鍵を閉めたというが、志賀はカギが開いてたとしても、思い出に残る痛快な出来事をできるだけ長く保つために誰も放送室に入れなかったと言う。

・鳩村は、犯人が放送室にいなかった場合、あらかじめCDをデッキに入れてタイマーをかければ危機を犯して脱出する必要はないが、CDデッキにはタイマーの機能がなく、室内にも不審な仕掛けがなかったことから、時限装置の可能性はないことを指摘。すると、石橋の方法で推論を進めると犯人の脱出方法は『スーパーマン』ルートしかなかったと言う。しかし、『スーパーマン』ルートを使うと、下には沼がおり、スカートの中を見られる可能性があるので石橋と支倉に犯行は不可能。志賀は最初に放送室についたので放送室からパイプを伝って体育準備室に入り、階段を下りてから『裏』ルートで放送室に駆けつける必要があるが、時間的に無理があるので、犯行が可能なのは一人しかいなくなる。と推論を立て、犯人が自分しかいなくなり詰まってしまう。また、落ちて死ぬかもしれないという恐怖感を克服する説明がなければ『スーパーマン』ルートには無理がある。志賀は問題に行き詰ったということは前提が間違っていると言う。

 

志賀の推理

 

・窓とドアのルートが両方とも不可能であることは、石橋と鳩村により立証されている。ここで、志賀はCDの時限装置についての可能性を探る。

・デッキや室内に何かを仕込むことはできないが、仕掛けはCD自体にあった可能性がある。CDにあらかじめ無音部分を収録し、そのあとに「燃え北」を録音する。そうして最初からCDをかければ無音部分が終了すると突然「燃え北」が流れ出す。無音部分の時間は式次第と前年の卒業式に出席した経験から判断でき、沼が話しているタイミングで流せば、沼がみんなを乗せてくれる。犯人の条件はCDをセットする機会があったことと、CDに細工ができたこと。よって犯人は支倉である。

・支倉は否定するが、その時熊野がCDデッキに「燃え北」のCDを入れ流した。そのCDは確かに没収されたCDだったが、無音部分はなく正常に「燃え北」をながした。

 

沼の推理

 

・話を聞いていた沼が酔っ払いながら鳩村たちのもとへやってきて、そこまで来たら犯人は分かったも同然だという。

・時限装置の弱点は、細工がないことが証明されてしまったことで、CDがすり替えられていた。すり替えられる人間は熊野一人だけ。卒業式の日、校歌のCDが流れ終わると仕掛けを施したCDをセットし、「燃え北」が終わると没収という名目でCDを回収した。十五年ぶりの同窓会でタイムカプセルの中から犯行声明が読み上げられるのは都合が良すぎるが、これも熊野なら可能だった。

・しかし教師である志賀が「それはあり得ない」と切り捨てる。卒業式は百四十人の学生が様々な思いを持って迎えた一日であり、つまらないと思って式が終わるのを待っていた生徒ばかりではない。感慨で胸がいっぱいになった生徒だって確かにいたはずで、そんな生徒の思いをぶち壊すようなことを教師は決してしない。悪戯を許す先生はいるが悪戯を仕掛ける先生なんていないと断言する。沼は志賀にいい先生になったみたいだな、と笑った。支倉はひどくぼんやりとした表情でみんなを眺めながら「皆、大人になったんだなあ」とひっそりとつぶやいた。

 

石橋との別れ

 

・同窓会は20時にお開きとなり二次会へ。二次会は24時まで続き、三次会に出席する猛者どもに別れを告げ、鳩村は帰路に就く。志賀の熱いところは変わっていなかっと言う石橋を見ながら、鳩村も志賀に憧れるところは石橋も変わっていないと理解する。石橋は鳩村が時折視線が泳いでいたり急に振り返ったりするなど挙動不審なところが変わっていないと告げ、鳩村の進む方とは別な道へ消えていった。

 

志賀との別れ

 

・鳩村は幹事の志賀を労うと、志賀は放送室をジャックした動機は何だったのかが気になるという。支倉が「燃え北」を持ってきたのは当日の朝だったが、朝にCDの存在に気が付き、すぐに悪戯に結び付けたきっかけが気になるという。支倉が犯人だったら満を持して持ってきたということになるが、もし支倉が犯人ならCDの存在を明かさない。「宿題だな」鳩村は志賀に次の同窓会までの宿題だと語る。「もしかして、こうやって同期で集まる理由を作るために事件を引き起こしたんだったりしてな」そのまま志賀は三次会へ、鳩村は駅へと向かった

 

鳩村の推理(以下ネタバレ)

 

・「犯人は誰だったのか。俺はたぶん、わかったよ」ここで冒頭のシーンに再び戻る。

・犯行方法は全く分からなかったため、鳩村は別なアプローチを試みた。なぜ熊野が手紙を読み上げた時、犯人は名乗り出なかったのだろうか? 「燃え北」事件は英雄的事件で、場は盛り上がり、熊野もCDを持ってきたくらいだ。そんな時にメッセージカードが朗読され、犯行声明が読まれた。これほどおぜん立ての整った舞台で犯人が名乗らないのはおかしい。鳩村は言う「答えというのは、いつだって一番単純なんだよ。はせっち」犯人は、名乗りたくても名乗れなかった。犯人は同窓会に来てはいなかった。鳩村は犯人を指名する。「犯人は、お前だ」精一杯の笑顔を向けて、鳩村は十八歳のままの少女に言った「なあ、はせっち――支倉春美」

 

事件の真相

 

・支倉は大学一年生の夏に交通事故で死んでいた。鳩村の中で支倉の死は衝撃だったが、大学の授業が始まるとともに薄れていった。しかし、支倉の死を忘れることはなかった。「燃え北」事件の鮮明な記憶が、春が来るたびに思い出されたからだ。思い出しては忘れ、思い出しては忘れ、春が来るたびに支倉のことを思い出しながら、鳩村は今日、同窓会で支倉と出会った。鳩村以外は支倉の存在に気づいておらず、支倉の言葉はすべて独り言か鳩村へ向けられたものだった。

・犯人さえわかれば犯行方法は直接聞けばいい。鳩村は支倉に尋ねる。すると支倉は『スーパーマン』ルートを使ったと言う。CDに仕掛けはなく、支倉は放送室をかぎなしで施錠する方法を知らなかったので、パイプを渡る以外に方法はなかった。鍵をかけた理由はできるだけ長く「燃え北」を流したかったから。なぜ危険な道を渡れたのかと鳩村が問うと、支倉の表情が切なげに揺れ「大人になっちゃたね。ハトも、志賀君も、バシコも」とつぶやく。「答えというのは、いつだって単純なんだよ。ハト」鳩村の言葉を繰り返し、支倉は言った「私は、怖くなかったの。だって、死ぬとか少しも思わなかったもん。怪我はするかもしれないけど、大事には至らないだろうって。死ぬということが、理解できても、実感できなかったから」希望の架け橋から落ちて死ぬなんて、想像できなかったから――そう言って彼女は笑った。

 

支倉との別れ

 

・支倉は本当は同窓会で名乗りあげるつもりで、時効も15年だし、怒る人がいても15年後なら許してくれると思っていたと告白する。何の根拠もなく、終わりが近いことが鳩村には直感的に分かった。なぜ今日現れたのか、なぜ鳩村にしか見えなかったのか、また支倉と会えるのか、すべては妄想なのか、聞きたいことは山ほどあるのに鳩村は何も言えない。一番聞きたかったことはなぜ「燃え北」を流したのか。あれは自分のためだったのだろうか。故郷からの離別に苦しむ鳩村をいやすために行われた犯行なのか。鳩村の中で、志賀の言葉が思い起こされる「鳩も、春が早く暖かい風を運んでくるのを待ってるんだよ。しかし、それは彼女に絶対に聞いてはいけないことだった。

・代わりに鳩村はスカートの中を見られて嫌だとは思わなかったのかを尋ねる。支倉は鳩村の質問には答えず、鳩村に尋ねる「私、消えちゃうかな」三十三歳の自分が、少女に伝えられることは何か。「消えないさ」鳩村は断定する。時効は延長された、だから支倉は許されてない、許されてない以上忘れることはない。「毎年春が来れば、思い出すさ。なあ、晴美」「――ありがとう」支倉が何か言おうとしたその時、春の風が強く吹き、思わず目を閉じる。風がやみ、鳩村がゆっくり目を開けた。プラットホームには、誰もいなかった。

 

~Fin~

 

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