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わたしとミステリ

5.折原一と叙述トリック

 

折原一『倒錯の死角 201号室の女』 (1988)

 

・次に紹介するのは折原一。この作家の作品は人物誤認ものが多い。

・折原が、『倒錯の死角 201号室の女』でデビューし、叙述トリック、メタフィクションを得意とする作家である。これは、二重三重に真相がひっくり返るというかなり凝った構成の作品である。

・二作目は乱歩生そのものをテーマにした作品で、作品内と作品外をシンクロさせた作品。この章ではメタフィクションについて述べた後、この2作を紹介し、どういうところに折原の特徴があるかについて述べる。

 

メタフィクション(メタミステリー)

小説創造に関する小説

Cf)作中作

≒作品全体

↔リアリズム小説

 参照先:現実

 

・メタフィクションを一言で言い表すならば、「小説創造に関する小説」と言ったところ。

・メタミステリの分かりやすい例は作中作。作品の中に作中作が引用されており、制作過程そのものが作品化したりする。

・作中作それ自身が外側の作品とほぼ一致するものも多い。

・これと対照的になるものがリアリズム小説。読者に「現実を参照しながら読め」というのがリアリズム小説である。例えば、「人間は空を飛べない」ということが書かれていなかったとしても現実を参照し、人間は空を飛べないものとして扱う。ミステリでもその意味では現実原則を前提としているが、ミステリの面白さはフィクション性をあえて際立たせているところである。

・メタミステリは現実を参照すると同時に先行するミステリも参照する。依拠する先が現実ではなくフィクションなのである。であるので、メタフィクションは「登場人物は紙の上だけの人物である」と思って読むと面白いものが多い。フィクションをどういう風に楽しむのかを強調するミステリである。ここで「現実ではありえない」と考えるとついていけなくなってしまう。

・「ミステリを楽しめるか否か」は「メタフィクションを楽しめるか否か」とも言え、メタフィクションはミステリを楽しむことができるか否かの一つの分水嶺となりうる。

・折原一の特徴はこの第一作『倒錯の死角 201号室の女』に詰まっている。

・メタフィクションは謎解きがすっきりしない場合が多く、解釈が二つに分かれたりなどする。納得する真相を知りたい人には向かないだろう。

・文庫版の表紙裏にはあらすじが書かれているがこのあらすじは微妙だと思う。

 

関係者の日記とモノローグ

視点人物の複数性

 

・一貫した語り手は存在せず、関係者たちの日記とのモノローグからなる作品。作中作の一つのバージョンである。いろいろな視点から事件を見ることで、読者を欺く。

・これは、地の分では嘘をつかないというルールへのエクスキューズとなる。

・当事者は正確に書いているつもりでも、実際には正しくなかったりする。

 

“真実らしさ”

仮構

 

・手記や日記の引用は”真実らしさ”を演出するテクニック。真実だという前提で読ませて読者の誤認を誘う。通読して再び冒頭に戻ると「こういう仕掛けか」とわかる類のもの。

 

大沢の日記

信頼できない語り手

 

・物語は大沢という男の手記と、真弓という女の日記、曽根という男のモノローグからなる。

・大沢とはアル中の治療歴を持ち、妄想癖のある、のぞきを趣味にした翻訳家であり、手記は大沢がどういった人物かがわかるように書かれいる。

・ある日、大沢の2階の仕事場の向かいのアパートの201号室にOLが引っ越してくる。大沢は真弓の部屋を覗き出す。

 

真弓の日記

 

・大沢視点と真弓視点で交互に描かれる。

・真弓は大沢に覗かれている。

・2人の日記の間での矛盾はない。

・そうこうしているうちに真弓には愛人ができ不倫をする。大沢は除きをしているうちに真弓の不倫現場を目撃するが、妄想癖のある大沢は真弓は自分にわざと不倫現場を目撃させ、自分をいたぶっていると考え真弓に対して殺意を抱く。

・明らかに大沢が怪しいように見せかけ、ここで新たな人物が登場する。その人物は、大沢がアル中の治療中に病院で知り合った男で、窃盗により生計を立てている曽根であった。

 

曽根のモノローグ

 

・曽根は大沢に対して恨みを持っており、曽根にも妄想癖があった。彼のモノローグには、彼自身は嘘をついていないと思っているが、一部には大沢は物置に女性を監禁しており、それを自分が目撃していたといった妄想が混ざっている。どこまでが真実でどこまでが妄想かがあやふやになっていき、読者を限られた情報によりミスリードさせていく。

・この作品では「信頼できない語り手」が二人も登場し、しかも両者とも自分が嘘をついているという認識がないため、読者はミスリードされていく。

・状況誤認も1つのトリックだが、実はさらに大きなメタフィクションならではの「真相の複数化」というトリックがある。

 

小説:会話+地の文

語り手≒騙り

登場人物の一人(ワトソン型)

中立性

限定視点

×全知視点

 

・語り手に嘘をつかれると謎解きが不可能になるため、語り手が嘘をついてはいけないというルールは現代でも維持されている最低限のルール。しかし、語り手は中立ではあっても全知視点(神の視点)ではいけない。何でも知っているというのはタブーで探偵の内面を語ることはない。客観的に読者に情報を伝えるが、限定された視点である必要がある。語り手は探偵より盲目であり、そこに読者を騙す余地が生まれる。

 

信頼できない語り手

 

・この作品では信頼できない語り手が登場する。妄想癖のある人が二人も事実を誤認して読者へと伝えるため、読者は病んだ語り手の情報しか受けとることはできない。

・被害者の日記は嘘を書いていないということもポイントである。

 

真相1

真弓の母による殺害犯人への復讐劇

 

・真弓の日記には母とのやり取りが含まれている。真弓だっと思っていた人物が、実は真弓の母が真弓を演じていたのだと読み進めていくうちに明らかになる。

・真弓はすでに死んでおり、殺人事件は迷宮入りになっていた。真弓の母は真弓を殺した真犯人を見つけるべく、真弓に変装して、殺したはずの真弓が生きていると知った時の反応を確認しようとしていた。真弓の日記を読み、犯人は真弓の不倫相手の高野か大沢のどちらかだと推測した母は二人を罠にかけようとする。

・田舎から就職してきたOLの真弓は誰かに除かれているらしいと何度も日記に記す。覗いていたのは、向かいに住む翻訳者大沢。彼はアル中の治療歴があり、酒を断っていたが彼の担当編集者とバーに行った際にアル中が再発する。妄想癖のある大沢は真弓はわざと自分を挑発していると考え逆恨みする。

・大沢が過去にアル中の治療をしていた時に知り合った曽根という窃盗の常習犯は大沢を非常に嫌っており、大沢に復讐をしたいと考えていた。曽根も妄想癖のアル中。

・曽根は真弓の部屋へと忍び込み、彼女の日記を読み、元々嫌っていた大沢への殺意を抱き、曽根は大沢を見張るようになる。大沢を見張る中、曽根は大沢が死体を埋める場面を2度目撃する。その前後に通り魔殺人が起こり、曽根は大沢の仕業だと確信する。

・真弓は不倫相手の高野か大沢によって殺されるのではないかと読者をミスリードさせ、いざ真弓が殺されそうになった時に真相が明らかになる。

 

真相2

二人の日記を盗み出した戸塚健一による創作

 

・真弓の隣には住む大学生という脇役がいるが、この学生が隣で怪しいことが起こっていると察知し、真弓と大沢の日記を盗み出して読んでいて、小説を書いた。

・真相1自体がフィクションという真相。これが作中作であった。

・戸塚は初めのほうに少し出てくるだけで、物語にはほとんど出てこない。2つの日記を盗み出し、これをもとにミステリを書き、戸塚はそれを大沢の担当編集へと持ち込む。

・曽根は実在こそするものの、かなり脚色された人物であった。日記を盗み出したのは曽根ではなく戸塚であった。

・通り魔殺人事件が真相1で書かれたが、その犯人は分からずじまい。戸塚は、サスペンス性を出すためだけに盛り込んだという。

 

真相3

娘殺しの犯人が分かったにもかかわらず再び真弓を演じ続ける

 

・最後にもう一回どんでん返しが用意されている。

・戸塚の作中作により、大沢が犯人であるとミスリードさせ実は不倫相手の高野が犯人であった。しかし、成りすましていた母親は殺人犯が分かった後も真弓を演じ続ける。一種の探偵役であった母親も狂ってくるというはなし。

・ここで通り魔殺人は母親のしたことだったということが明かされる

 

通り魔殺人事件の真犯人

 

・真弓の母親は真弓と同年代の女性を見かけると自分の娘と同じ目に合わせたくなるという狂気の世界へと入っていった。

・このように非常に凝った構成が折原の特長である。

 

冒頭↔結末

円環

 

・結末は冒頭と全く同じシーンで終わる。タイトルに「死角」とあるが、一体何が死角だったのかがここで明かされる。

 

『倒錯のロンド』(1989)

乱歩賞応募そのものをテーマ化

 

・折原の第二作。これは一度乱歩賞に応募されたが、最終選考で落選している。

・乱歩賞そのものをテーマに据え、新人賞に応募して落選するという現実と作品を攪乱する作品。

・文庫版の表紙はこの作品を見事に表しており、非常に面白い表紙である。

・タイトルは倒錯と盗作のダブルミーニングとなっている。

 

原作者/盗作者

 

・原作者と盗作者の駆け引きを扱ったお話。

・ロンドとは音楽の形式の一つで、同じようなメロディーを繰り返す形式。原作者と盗作者の駆け引きが繰り返されるという意味を込めてつけられたタイトル。

・原作者と盗作者が二転三転し、どちらがどちらだかわからなくなっていく。

 

主人公:山本安雄

『幻の女』

 

・1作目と同じく、信頼できない語り手が登場する。

・主人公の山本はミステリ作家になりたく、『幻の女』という原稿を書き上げ、新人賞に応募する。

 

同名

ウィリアム・アイリッシュ 1942

人物誤認トリック

 

・実際に同名のサスペンスがあり、この話から着想を得て、山本は原稿を書いた。

・『幻の女』は人物誤認トリックが使われており、幻の女に扮装して犯人を追い詰めるというサスペンス。

・このサスペンスを知っていると、読後に「あっ」と納得できる。

・以下『幻の女』のストーリを述べる。

・男には愛人がおり、その愛人と結婚するため、奥さんに別れ話を持ちかける。男は妻と口論になり、一人バーに入る。そこで男は、幻の女と出会う。彼女とともに芝居を見に行き、自宅へ帰ると、奥さんは男のネクタイで首を絞められ殺害されていた。男は犯人だと思われ逮捕され、死刑が確定する。男の死刑が執行される前に犯人を探し出すサスペンス。

・男の親友が無実を証明するために、幻の女を探す。ところが、聞き込みをしても誰もそんな女は知らないと首を横に振り、謎は深まるばかり。そして、幻の女を見と証言した者たちが次々と事故死していく。

・親友は死刑執行の当日に幻の女を見つけ出す。めでたしめでたしと思いきや、親友は幻の女を殺そうとする。探偵役の親友こそが殺人犯人であった。

・実際は幻の女は本物ではなく、男の愛人が幻の女のふりをして、探偵を騙していた。もしも探偵が真犯人だったら自分を殺そうとするのではないかと考え、偽の幻の女を作り出していたのである。

 

盗:永島一郎

=白鳥翔というペンネームで応募・受賞

 

・山本は、応募する原稿の清書を友人に頼む。しかし、その友人が不注意で原稿を電車に忘れてしまい、永島一郎という男がその原稿を手にする。永島はリストラされ仕事にあぶれていた。原稿を見つけた彼は、これなら賞に応募して賞金を獲得できると思い、白鳥翔というペンネームで原稿を応募する。これが新人賞を受賞する。

・永島は原作者にばれて告発されないようにするため、山本を殺そうとする。しかし、永島は、山本が清書を頼んだ友人が原作者だと間違え、彼を殺してしまう。それに気が付いた永島は、本物の山本を付け狙う。

・それに対し、山本は自分の原稿で作家になった白鳥が許せなく、彼に対して様々な嫌がらせを試みる。

・そうこうしているうちに白鳥の愛人であった立花広美が何者かの手によって殺害される。殺したのは白鳥か、山本か?

・山本はさらに原稿が盗まれた経緯を再びミステリとして書く。白鳥はミステリの才能がないため、山本を殺し原稿を手に入れ、それを次回作として発表しようと目論む。こうして、原作者と盗作者の駆け引きが繰り広げられる。

・2作目を書けずにピンチに陥っている永島は、自分の力で作家になったわけではないので当然だと読者は思うが、これがミスリードとなる。実際には、白鳥と永島は同一人物ではなく、二人は別人だったという真相。

 

真相

白鳥翔という作家は実在した

 

・実は駆け引きをしていたのは2人ではなく3人。山本は、彼もまた信頼できない語り手の狂人であり、最後には病院へ入院する。

・『幻の女』は実際は白鳥翔が描いた作品で、2作目が描けなかったのはスランプに陥ってただけであった。永島はミステリに関しては素人で、白鳥翔という作家がいることを知らず、偶然同じペンネームをつけてしまった。山本が新人賞に応募しようとしていた『幻の女』は白鳥の作品を書き写していただけであった。

・編集者が新人賞になぜ同じ原稿が届けられたのか不思議がっているところで真相がわかる。

・永島は投稿した作品が盗作であり、恥をかかせられた恨みで山本を殺そうとしていた。

・山本の親友を殺したのは永島で、白鳥の愛人を殺したのは白鳥自身であった。

・実在すると思った幻の女は実は別人であったというウィリアム・アイリッシュの『幻の女』とは真逆の作品である。

・文庫化した際には後日談が付け加えられた。そこでは、実際に折原が受け取った最終選考に残ったという通知を引用し、山本と折原を混同させている。

・この作品が乱歩賞を受賞できなかったのは、話が複雑すぎて選考委員の一部がついていけなかったからなのかもしれない。

 

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