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持つ者と持たざる者

 

 

 本稿は米澤穂信によるミステリ小説<古典部>シリーズの第2作目と3作目である、『愚者のエンドロール』と『クドリャフカの順番』の2作品を登場人物に焦点を当てて簡易的に比較するものである。

 

一 折木奉太郎と福部里志

 

 作中において折木と福部のポジションは、推理能力に長けていない福部が推理能力に長けた折木を羨むという位置関係にある。『クドリャフカの順番』において、福部は折木に対して「期待」という言葉を用いており、これは絶望的な差からくる言葉だと福部は述べている。しかし、『愚者のエンドロール』では「ま、天才は天才で、普通人の生涯は望んでも得られんことを思えば、そううらやましいばかりでもないさ」と述べており、この話の中では実際に福部の羨望の対象になっている折木がその能力のために苦悩を抱えることになる。

 

 

二 折木奉太郎と入須冬実

 

 折木に期待を寄せる人物として『愚者のエンドロール』に登場するのが女帝の異名を持つ入須冬実である。しかし、この作品において入須が期待したのは推理作家としての能力であり、推理能力ではなかった。折木は入須から推理能力を期待されているといわれ、その気持ちを利用されたことになる。この”期待”というテーマは『クドリャフカの順番』へと引き継がれ昇華させられていく。

 

 

三 安城春菜と河内亜也子・伊原摩耶花/入須冬実

 

 『クドリャフカの順番』において”期待するものと期待されるもの”というものは一つのテーマとなっているようで、この作品に頻繁に登場する概念である。その、筆頭となるのが河内亜也子と伊原摩耶花との対立。伊原は傑作は存在し、書き手の能力・才能も存在すると主張するが、河内は「どんな作品も主観の下には平等で、名作か否かという定義に意味はない」と主張。作品は各々の感受性の違いにより名作にも駄作にもなり得、名作か否かを裁くことができるのは時間しかないという。しかし、河内は伊原と同意見であり、伊原が傑作と認めた「夕べには骸に」という漫画を同年代の人に書かれたのが悔しくて、傑作というものの存在を指定していた。結局は、「夕べには骸に」の原作者の安城春菜に二人は絶望的な差から期待するしかなかったのである。

 『愚者のエンドロール』において入須は脚本家・本郷真由の脚本をつまらないものと判断したがために古典部を事件に巻き込んだ。河内の読み手の感受性の差により傑作か駄作かは変わるという考えとは真逆、書き手の才能は存在し、本郷の脚本を駄作と客観的に判断したのが入須である。彼女曰く「技術のないものがいくら情熱を注いでも結果は知れたもの」(『愚者のエンドロール』P53)

 

 

四 陸山宗芳と田名辺治朗

 

 安城だけでなく、生徒会長の陸山宗芳と総務委員の田名辺治朗も「夕べには骸に」の作者であった。その役割分担は、安城が原作、陸山がイラスト、そして田名辺が背景を少し手伝った程度であった。『クドリャフカの順番』で起きる十文字事件は田名辺の陸山への期待により起こった出来事であり、陸山に新作を書かせるために引き起こした事件だった。

圧倒的な作品を見せられ河内は「名作なんて存在しない」と安城への思いを捨て、田名辺は「名作は名作として生まれてくる」と陸山へ期待した。両者の反応はは対照的であり、ここで田名辺が河内のような反応をとっていたら十文字事件は起こらなかった。『愚者のエンドロール』も『クドリャフカの順番』も”期待”という概念が事件を引き起こしていたという意味では、非常によく似た作品だといえる。

 

 

五 折木奉太郎と本郷真由

 

 折木は「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければならないことは手短に」をモットーとする省エネ主義の人間だが、その原因は短編「長い休日」で述べられている。この事件で、折木は他人のために働くことは、他人に利用されることだと気づき、働くことをやめ長い休日へと入ることになる。

 『愚者のエンドロール』において、本郷は脚本家という仕事をほかに適任者がいないという理由で彼女の所属する組織であるクラスから半ば押し付けられる形で引き受けることとなった。『愚者のエンドロール』は本郷と千反田の性格が似ていることが重要な点になったが、「長い休日」のエピソードを踏まえると折木と本郷の二人もまた性格の似た者同士ということになる。「本郷は生真面目で、注意深く、責任感が強くばかみたいに優しく、脆い」(『愚者のエンドロール』P113)これだけきくと、確かに折木と本郷は似たものだと分かる。二人の差は、折木が事件にあったのは小学校6年生の時点で、長い休日に入るという判断を行った。本郷は高校2年生の時点で事件に遭い、その後の行動は不明である。そうして、折木には(皮肉だが)推理作家としての能力があり、本郷にはなかった。今回は人物同士の比較を行ったため、そのついでとして、本郷と折木についても触れることにした。

 

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