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わたしとミステリ

4.綾辻行人と新本格ミステリ

 

綾辻行人

『十角館の殺人』(1987)

新本格

 

・今回はとうとう綾辻行人の話をします。

・新本格ミステリという一つのジャンルはこの作品が書かれて以降定着する。新本格といった時にすぐに名前があげられるのがこの作品。

・今回はこの作品を解説した後、綾辻の作家デビュー以前の作品を扱う。

・綾辻は京都大学推理小説研究会のメンバーで、その最初の小説家デビューを飾った。前にも話した通り、島田荘司の推薦を得てデビュー。

 

本格ミステリー宣言

 

・大学のミステリ研7人が大分県にある孤島・角島で合宿をする。

・ミステリ研のメンバーはお互いをミステリ作家の名前で呼び合うほどのミステリマニア。その中で次から次へと連続殺人が起こる。

・よく引用されるのが、冒頭部分で学生の一人・エラリイによる露骨なまでの社会派批判。

「一時期日本でもてはやされた“社会派”式のリアリズム云々は、もうまっぴらなわけさ。1DKのマンションでOLが殺されて、靴底を擦り減らした刑事が苦心の末、愛人だった上司を捕まえる。――やめてほしいね。汚職だの政界の内幕だの、現代社会の歪みが生んだ悲劇だの、その辺も願い下げだ。ミステリにふさわしいのは、時代遅れと云われようが何だろうが、やっぱりね、名探偵、大邸宅、怪しげな住人たち、血みどろの惨劇、不可能犯罪、破天荒な大トリック……。絵空事で大いに結構。要はその世界の中で楽しめればいいのさ。但し、あくまで知的に、ね」

・以上がよく引用される。綾辻はこ本格ミステリー宣言を作中で行っている。

 

ミステリ研7人

連続殺人

 

・エラリイ、ポー、ルルーといったミステリ作家のあだ名を持つ7人が角島で合宿をする。

・その中で連続殺人が発生しお互いが疑心暗鬼になっていく

 

アガサ・クリスティー

『そして誰もいなくなった』(1939)

『アクロイド殺し』(1926)

へのオマージュ

 

・この綾辻の作品もこの2作に対するオマージュである。

・新本格は20年第30年代の黄金期のミステリを模範とした作品が多い。

・誰でも知っている古典的名作を引用しつつひっくり返している。

 

語り手=犯人

叙述トリック

 

・『アクロイド殺し』という名前を出した時点でミステリのトリックをかなりばらしてしまっているようなものだが、語り手と犯人が同一人物であるということはクリスティーが『アクロイド殺し』において先鞭をつけた。

・当時は、語り手は中立であるべきという批判も多かった。

・十角館は叙述トリックとクローズドサークルにおける物理トリックが両方楽しめるミステリである。

 

角島

本土

怪文書

 

・孤島での連続殺人の一方、本土でも孤島とは没交渉で別な話が展開している。

・本土ではミステリ研に関係する怪文書が出回っていた。それを元ミス研の二人と島田潔いう明らかに島田荘司と笠井潔を足して2で割ったような名前の探偵が推理する。

・その怪文書とは「お前たちが殺した千織は私の娘だった」というもの。

・千織はコンパで急性アルコール中毒で亡くなったという設定。

・実はこの千織の父が十角館のオーナーで、その縁で彼らは合宿に行った。

・そして、千織の父は半年前角島で起きた連続殺人事件で亡くなっていた。

・千織の父は左手がなくなった状態で発見され、その際に庭師の死体だけが見当たらずに事件は迷宮入りに。

・死んだと思われていた千織の父は実は生きていたのではないか? という疑問が持ち上がり、本土ではこの件について調査が始まる。

・本土と角島での事件は一見すると別々だが、実はつながっていた。

 

人物誤認トリック

 

・登場人物に対して人物を誤認させるトリックが用いられている。

・ミステリ研の人たちがニックネームで呼び合っていたのがカギとなる。

・本土と角島には同一人物がおり、本土で推理していることがアリバイになっていた。

 

殺人の動機

80年代的

イッキ飲み

 

・この作品は犯人のモノローグから始まり、千織に関する復讐による殺人であることが明かされる。

・殺人の動機は非常に時代性が感じさせられるものである。

・この時代は大学生の一気飲みが社会問題となった時代である。無謀な飲酒が当たり前に新入生歓迎会などで行われ、多くの大学生が救急車で運ばれた。

・本格ミステリだが、動機の面に関しては非常に社会的である。

 

完全犯罪のパラドックス

 

・最初の犯人のモノローグは犯人の告白から始まり、完璧な殺人計画を書いた紙を瓶に詰めて海へ投げ捨てる。この誰かにこの計画を知ってもらいたいという思いから来るもので、ここに完全犯罪のパラドックスがある。完全犯罪はそれを完全犯罪だと分かってくれる人がいないと完全犯罪にはならならず、理論的に完全犯罪は不可能なのである。

・結果的に、この事件は探偵による謎解きは行われなかった。

・最後も同じ場面が登場する。犯人がふと見ると自分の投げた便が浜に打ち上げられているのを発見し驚く。それを最後ともに事件を捜査した島田に渡そうとして物語は終わる。

 

『どんどん橋落ちた』(1999)

原案1984

 

・五編の短編が収められている短編集。

・もとになったのはデビュー前、ミステリ研の合宿の時にミステリ研のメンバーへの謎ときとして出した作品である。

・表題作「どんどん橋落ちた」について未読の方は読んでから以下のページを読んでもらいたい。その際、安易に解答編を読まず、問題編のみを読んで「あーでもないこーでもない」と考えるのを強くお勧めする。ちなみに、僕は解答までたどり着くことができたので、この問題が論理的に解答を導き出せるものであることは保証する

 

 

 

 

 

 

・さて、「どんどん橋、落ちた」は読んでいただけただろうか? 25人に対し、この問題編のみを配り、15分の時間で解くという企画を立ち上げ、やってみたところ、2人は完璧な正解に辿り着き、5人ほどが惜しいところまで行ったという結果であった。

・この短編集は読む順番も大切であり、第一話の後に第二話、と掲載順に読むことで楽しみが増える。構成が非常に面白い。

・以下、解答者の回答の一部を掲載する。

「まずは動機を考えてみた。カーに重傷を負わせたのはユキトだと考えるとM××村の中に犯人がいるのではないか」

「ユキトがカーに重傷を負わせたとすれば、エラリイ、アガサには動機がある」

「タケマルが吼えたことに注目したい。ここに何かヒントがあるのではないか」

「M××村の会話には「」ではなく、『』が使用されている。これに何か意味があるのではないか?」

 

「」/『』

叙述トリック

○活字メディア

×映像メディア

 

・ミステリ作品はたびたび映像化されることがあるが、そのほとんどが物理トリックがメインのものであり、叙述トリックを用いた作品の映像化は失敗するものが多い(中には「さすが映像のプロだ」唸らせられる映像作品もあり、絶対に不可能というわけではない)。叙述のミステリは大げさなことを言えば、活字でしか表現しえない言語芸術ともいえる。

 

「殺意を抱いたそのもの」

×者

 

・問題編の中において、者という字は使われておらず、「もの」とひらがな表記している。

・他の解答者の回答にはこのように考えたものもいる

「タケマルガ2度吠えたということは何者かが往復したということではないか?」

「M村の住人の中でアガサは右腕を負傷、オルツィは妊娠しているため、犯行は不可能である」

 

×犯人

○X

 

・問題文の中では、周到に「犯人」というワードを使うのを控えている。

・以下は、かなり惜しい回答である。

「犯人はエラリィで、エラリィは鳥だったと考えられる。犯人が鳥であれば、橋を渡る必要はない。ユキトはダイイング・メッセージで「つ、つきおとされた」と言っていたが、これは「つ、突き落とされた」ではなく、「つつき落とされた」だったのではないだろうか?」

「M××村の住民は動物だったと推測できる。「いったん権力を手放したものは集落を離れる」という掟や第二妻の存在も動物の世界を匂わせる。「翼を持つものでもなければ」という記述があったので、M××村の住民は鳥だと考えたいところだが、肩まで温泉につかっている光景があるため、残念ながら鳥とは考えにくい。カーに重傷を負わせたのはユキトだと推測すると、Xはアガサ、エラリイ、オルツィの誰かだと考えられる。」

 

Human

Monkey

 

・以下は、見事完璧な回答を書き上げた人の回答である

「M××村の住民は人間ではなく、動物だったのではないか? もしもユキトより体重の軽い動物であれば、橋を渡るのは容易であり、犯行は可能だ。リンタローは「橋を渡ったものは人っ子一人いなかった」と証言しているが、M××村の住民が動物であれば、「人」は渡ってはいないだろう。タケマルが二度吠えたのは行きと帰りの計二回通ったためだと予想できる。そして、M××村にの中で、アガサは右腕を負傷、オルツィは妊娠中であるので、犯行が可能だったのはエラリィだけである。もちろん、H××大学の学生たちは人間であるので橋を渡ることは不可能であり、犯行は無理。では、M××村の住民は何だったのか考える。ここで、ダイイングメッセージに着目する。「さ……さぁ……」とユキトは言った。「さ」に関連する動物は何かと考えると、猿ではないかと推測できる。そしてこれは、H××大学のHはHuman。M××村のMはMonkeyの頭文字であると考えるとより納得できる」

・この作中作はUが作成した問題で、これに綾辻が挑むが、綾辻は答えることができない。そこで、Uから回答が伝えられる。

・H大学生の四人は時間的、物理的に不可能。M××村のアリバイが明記されてない人物のほかは片腕がないものと、妊娠中のもの。よってエラリィ以外は犯行が不可能である。

・これに対して綾辻は無理があるだろうと文句を言うが、Uはエラリイが人間だとは一言も言っていないと言い、エラリイが猿であったことを明かす。

 

犬猿の仲

cfポー「モルグ街の殺人」への回帰

 

・タケマルガ吼えた理由は仲の悪いサルが現れたからだと明かすが、綾辻は「卑怯だ」と反論する。そしてUはこう言った「最初に言ったじゃないですか。この作品は本格ミステリの原点に立ち戻った作品です」。本格ミステリの原点といえばポーの「モルグ街の殺人」である。

・「モルグ街の殺人」は人間業とは思えない様な犯行状況の中謎がどんどん深まっていくが、犯人はオランウータンだったというミステリ。

・UはM××村の住民に対しては一人二人とも書かれてないし者という漢字も使われていないと説明する。それに対し、綾辻は男や女とは書かれていたと反論するが、Uは明解国語辞典を持ち出し、広義では動物の雄や雌にも使うことを確認する。

 

人「繕い仕事」

猿「グルーミング」

 

・猿を意識して読むと、伏線がかなり大量にあることに気付く。

・綾辻はサルが言葉を話すわけない、と反論する。それに対しUは会話はサル同士のものだけであり、人間との会話は無い。また、古今東西動物が言語を持つ描写の作品は数多くあり、宮部みゆきの『パーフェクト・ブルー』なんかはいい例だと説明。ちなみに、『パーフェクト・ブルー』は語り手が警察犬というミステリ作品。

・綾辻はこれは犯人あてではないと反論するが、Uは犯人とは一言も言っていないと言う。

・Uが綾辻の元にやってきたのは1991年の12月31日。綾辻と「あーでもないこーでもない」と議論を続けるうちに年は開ける。そして新年は申年だった。猿にちなんだネタで締めるという気の利いた短編である

タケマルは我孫子武丸、リンタローは法月綸太郎がモデルであることは想像に難くない。

 

第2話「ぼうぼう森、燃えた」

人物誤認トリック

 

・これもまたU君が綾辻のところへ原稿を持ってきて綾辻に解かせるお話。

・タケマルが再登場し、犬を舞台にした謎解きもの。

・第1話は動物を人に誤認させるトリックだったが、こちらは逆で犬の中に人が紛れ込んでいたというトリック。

 

第3話「フェラーリは見ていた」

 

・パターンがわかってくると3話あたりから解くのが楽になってくる。

・これも誤認トリック。1話2話で頭のマッサージをしてもらった人には解きやすい。

・フェラーリは車ではなく馬だったという話。

 

第4話「井園家の崩壊」

状況誤認

 

・ワンパターンで飽きてきたなと思わせておいて、ここからが非常によくできた本格ミステリ。

・サザエさんに登場する磯野家を模した家族の謎解き。

・井園家は借金まみれで崩壊寸前。家族の一人は他殺と見せかけて自殺し、保険金をもらって井園家を立て直そうとする。

・そしてその男とは別に一人、借金苦により自殺を図ろうとする。

・それぞれは別な事件だが、2つに自殺がお互いに絡み合っていく。

・ある事情により第一の自殺現場は密室状態になってしまう。凶器も発見されず不可能犯罪が偶然にも出来上がってしまった。犯人はいなかったという話。

 

第5話「意外な犯人」

二人一役トリック

 

・これもポーに対するオマージュ作品。

・二人一役というトリックを用いており、別々な人物が登場するが読者には一人だと誤認させる。

 

視点人物の隠蔽

視覚メディア

犯人:カメラマン

 

・シナリオライターが殺害されるが、どれだけ捜査しても犯人は出てこない。犯人はカメラマンでカメラマンはカメラには映らなかった。カメラアイをうまく利用したミステリで、視覚メディアの特性を活字メディアで扱った面白い試み。

・新本格は人物誤認ものが豊富である。

 

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