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わたしとミステリ

3.東野圭吾と青春ミステリ

 

※この記事は東野圭吾の『放課後』、『卒業』、『どちらかが彼女を殺した』、『白馬山荘殺人事件』、『名探偵の掟』、『名探偵の呪縛』、『超・殺人事件―推理作家の苦悩』のネタバレがあります。

 

 

東野圭吾

『放課後』(1985)

江戸川乱歩賞

 

・東野は3度目の応募時に、この作品で乱歩賞を受賞してデビューした。『放課後』は東野のエッセンスが詰まったミステリである。

・東野は今日に至るまで数多くのミステリを量産し、なおかつはずれの少ない作家として知られる。その作品の中には映像化されるものも多く、原作では明らかに映像化を狙ったような人物も登場する。

 

女子高を舞台にした青春ミステリ

クローズド・サークル

 

・『放課後』は女子高を舞台にしたミステリで、広い意味ではクローズド・サークルとも取れる。

・この作品で物議をかもしたのは殺人の動機である。東野はこの同期に説得力を持たせるために女子高という舞台を用意した。

 

探偵役・教師前島

 

・語り手であり探偵役となるのはアーチェリー部の顧問である教師・前島である。このアーチェリー部も密室殺人の重要な要素となり、東野自身もアーチェリー部に所属していた経験がある。アーチェリーについての知識があると作中での謎解きが容易になるかもしれない。

 

「命を狙われている」

 

・前島は、駅のホームから突き落とされそうになるなど、なぜか危険な目に何度もさらされる。

・前島は命を狙われているという設定で、読者に前島は殺されるものだろうとミスリードさせていく。ここが、読者を欺くポイントとなる。

・しかし、前島を殺す理由も犯人も全く分からないまま話は進んでいく。前島に恨みを持つ数人の女子高生が登場し、その誰かが犯人かと思われるが、だれかは不明である。

・そうこうして小さな事件が3度ほど起こったのちに、決定的な事件が体育祭に起こった。そこでは教師が仮装をするイベントがあり、前島は酔っぱらったピエロの格好をするが、体育担当の教官が前島に生徒を驚かすため仮装をチェンジしようと持ち掛ける。そのため、前島は浮浪者の仮装をすることになるが、その事実を知っているのはこの二人のみである。

・ピエロに扮した体育教師が、水の入った酒瓶を飲もうとする。しかし、酒瓶の中には毒が入っており、教官は死んでしまう。

 

「命を狙われているように見せかける

 

・体育祭の事件の前には、学校の更衣室で密室殺人が起こっており、第二の事件が体育祭での事件であった。当然警察も動いて捜査し、前島には警護がつく。

・しかし、犯人の本当の狙いは体育担当の教官で、生活指導も担当したこの教官は厳しくて、生徒に敵が多かった。前島と入れ替わった教官を殺したかったという設定で、このあたりの描き方はとてもうまい。

 

「最後に命を狙われる」

 

・ここで読者は前島はもう命が狙われることがなくなったと安心するが、さらなるどんでん返しが用意されている。結局前島は、全く別な犯人によって命を奪われることになる。

・この作品には「女子高」と「前島と奥さんとの関係」という二つのクローズド・サークルが用意されており、この事件の背景には家庭の不和が関わっており、最後に前島は奥さんの愛人に刺されてしまう。

・放課後というタイトルは彼自身の放課後を示すものであり、メインミステリの余白に自分自身のドラマを描いている。

 

犯人の動機の特殊性

 

・同期のヒントになるような前島のセリフが登場する。

・事件を担当した刑事は二人が殺された動機が分からずに悩む。そして、前島はふともらす「彼女たちにとって最も大切なのは、美しいもの、純粋なもの、嘘のないものだと思います。それは、時には友情であったり、恋愛であったりします。自分の肉体や顔の場合もあります、いや、もっと抽象的に思い出や夢を大切にしているケースも非常に多いものです。逆に言えばこういう大切なものを破壊しようとするもの、彼女達から奪おうとするものを、最も憎むということになります。」殺人の動機を抽象的に語ると前島のこのセリフどうりになる。彼女たちの大切なもの、美しいものとは一体何か?

・東野はこの次に『卒業』という大学を舞台にした作品を発表する。これは、後に刑事である加賀恭一郎が活躍するシリーズの第一作ということになる。『卒業』では、加賀が刑事になる前に遭遇した事件で、自殺か他殺かをめぐるミステリ。東野は、青春物を2作品書いた後に、『白馬山荘殺人事件』を1986年、綾辻行人デビューの1年前に上梓し、綾辻に先立ちコテコテの本格ミステリを書くことになる。

 

東野圭吾『卒業―雪月花殺人ゲーム』

 

・東野圭吾の作品は多過ぎるため、全てを紹介するのは不可能である。とりあえずこの第二作目を紹介する。

・文庫だと『卒業』というタイトルのみだが、初出では副題がついている。

・雪月花之式という茶道におけるカードゲームがあり、これはそれに由来する事件である。

・この事件では人死にが二度ある。一つ目は、「自殺なのか他殺なのか」を扱った密室の人死に。二つ目は茶道のゲームで行われた殺人。

 

加賀恭一郎シリーズ第一作

cf)『たぶん最後の御挨拶』(2007、文芸春秋)

 

・『たぶん最後の御挨拶』というエッセイに東野自身により自作解説が載っているので、それを参照しながら話を進めていく。タイトルの通り、本人はこれを最後にエッセイは書かないと言っている。

・「トリックが複雑すぎた」、「読み返してみると自分でも混乱する」などと反省の弁も綴ってある通り、トリックについては非常にわかりにくい。ルールをちゃんとわかっている人が何とか理解できるレベルであり、すっきりしない人も多いかもしれない。

 

大学生六名

青春ミステリ

 

・前作は女子高を舞台にしたミステリだが、今作は大学を舞台にした青春ミステリ。

・東野曰く、当時は加賀恭一郎をシリーズものにするつもりはなかったが、卒業後は刑事として活躍することとなる。

・高校時代からの親友だった6人の大学生を巡っての物語。

・話はいきなり加賀が6人の中の1人・にプロポーズする場面から始まるが、結局二人は別れることとなる。『卒業』も『放課後』と同じくほろ苦い青春ミステリーで、最後に6人はバラバラになって卒業していく。

・『放課後』と似ているのは動機が非常に特徴的であるという点で、『放課後』でも女子高ならではの動機であったが、この作品で男女の微妙な関係が背景にある。

・牧村祥子がアパートの一室で手首を切って亡くなっているのが発見される。部屋には鍵が掛かっており、警察は自殺と推測。事件は収束するかと思いきや、ドアの鍵は開いており、部屋には明かりがついていたと証言する目撃者が現れる。その目撃者は彼女に声をかけようとしたが、気づかれなかったためそのまま自分の部屋へと戻ったという。

・このアパートには怖い管理人のおばさんが在中しており外部からの侵入は不可能(笑)。アパート自体が密室となっており、部屋の密室との二重密室となっている。

・そうこうしているうちに2つ目の事件が起こる。牧村祥子を追悼するも兼ね、高校の恩師の家で茶道の会を開く。茶会では毎年恒例の雪月花乃式というカードゲームが行われ、金井波香が殺害される。

・雪月花之式というのはカードを引いて茶道の役割を決めるゲーム。花を引いた人はお茶を点て、雪を引いた人は茶菓子を食べ、月を引いた人がお茶を飲む。このゲームで月を引いた波香がお茶を飲んだ際に死んでしまう。

・死亡した金井波香は剣道の達人でもあった。剣道の学生選手権では三島という自分の実力よりも下のライバルに負けてしまう。この後、金井波香は不審な行動をとるようになっていった。この過去が重要な伏線となる。

・当然のごとく、花の札を引きお茶を点てた相原沙都子が犯人だと疑われることになる。しかし、誰が花を引くかはわからず、誰かが沙都子に罪を着せるためにやったのかという見解も出てくる。加賀と沙都子は二人で事件を調べることとなる。そこには、複雑なゲームのルールを逆手に取ったトリックがあるのだった。

 

共犯

 

・謎解きが非常に複雑になるのは共犯者がいる場合。二番目の事件の被害者は一番目の事件の犯人に共犯を持ち掛けていた。しかし、共犯者は裏切り、自分の不都合な事実を知る女を殺してしまう。共犯がいる事件は非常に複雑化し、東野はこういう形で事件を複雑化するのが得意な作家である。

 

第一の事件

自殺か他殺か?

 

・発見時は密室だったはずの部屋が、その直前にはドアが開いて明かりがついていたため他殺説が浮かび上がったが、結果としては自殺であった。読者側に「これは自殺に見せかけた他殺だな」と思わせるミスリード。

・自殺幇助する人物がいたというところがこの作品を複雑化している。

・犯人は理系の人間で、金属加工の研究をしていた。形状記憶合金という熱をかけると元の形に戻る特殊な金属があり、窓のカギを形状記憶合金で作り、ライターで加熱すると窓のカギを開けることができるという都合のよい(分かりやすい?)物理トリック。犯人が忍び込んだ時にはもうすでに被害者は自殺していた。

・被害者は見ず知らずの男子学生と性的な関係を持ち、その時に病気を移されたことが自殺の原因だった。「汚らわしいものに対する嫌悪感」は『放課後』でも扱われている。

 

人間関係の複雑さ

 

・事件自体はシンプルだが、6人を取り巻く人間関係が非常に複雑に描かれている。

・親友だと信じていた人間は、実は……というもの。

 

第二の殺人事件

被害者⇒犯人

兄:学生運動

 

・真相は本来殺すべき相手ではなく自分が殺されることになるというもの。これも複雑な人間関係が原因となる。

・金井波香は学生剣道個人選手権の決勝戦の直前に毒を盛られたということに気付く。犯人は5人の仲間のうちの一人。彼は就職を控えており、金井波香の決勝戦の相手である三島亮子の父親のコネで就職させてもらうために毒を盛った。

・「就職のために親友を裏切るのか?」という思う方がいるかもしれないが、毒を盛った犯人の兄は学生運動をしていた。当時の時代背景としては、学生運動をやっていたものはブラックリストに載せられて企業からは敬遠されていた。東野はこの時代のリアリティーを出そうとしていたのかもしれない。

・一見非常に仲の良い仲間がお互いを裏切りあう形になっていく。

・加賀恭一郎と相原沙都子がともに事件を捜査する。調べていくうちに二人は仲間のことを何も知らないということに気が付く。友情が裏切られ、それにより二人の関係もぎくしゃくとしたものになり、二人は別れてしまう。

 

シリーズ三作目

『どちらかが彼女を殺した』(1996)

 

・ほかに有名な東野のシリーズものとしては<ガリレオ>シリーズがある。これは加賀恭一郎シリーズの三作目。

・加賀恭一郎ではすでに卒業して刑事となっている。

・この作品では実験的な試みがなされ、タイトルの通り容疑者は2人しかいない。

 

二者択一の犯人当て

 

・先ほどの自著解説によると「犯人当てには真に怪しい人が二人いれば成立するという観点からこの作品のアイデアを思い付いた」、「読者が推理してこその推理小説だが、普通の書き方では読者は推理しない」とのこと。

 

ミステリ読者批判

犯人は明示されずに終わる

文庫版→推理の手引き付き

 

・本作は一種のアンチミステリでもある。

・東野は読者にちゃんと推理してもらいたいため、最後に犯人の名を伏せたまま物語を閉じ、読者に推理させる。

・出版社に「真相はどうなのだ」という問い合わせが殺到したのだろうか、文庫版だと巻末に袋とじとして「解答の手引き」なるものがつけられている。ただし、手引きがつけられている分ノベルス版にあったヒントが削られており、謎解き自体の難易度は上がっている。

 

・OL・和泉園子が自殺し、それを兄・和泉康正が発見する。康正は愛知県警の警察官であるが、「妹はだれかに殺されたのでは?」と疑いを持つ。

・犯人に対する復讐心から康正は事件現場をあえて自殺と見せかけるために偽装する。こうして、康正は警察権力の手ではなく、自分の手で犯人に復讐しようとする。

・加賀恭一郎と康正の二人の探偵がスリリングな推理合戦を繰り広げる。

・かつての恋人・佃潤一と親友・弓場佳世子。どちらかが彼女を殺した。

・事件の現場を工作する人間が現れると事件が非常に複雑になる典型。

・加賀恭一郎は事件現場の偽装を暴き、他殺という方向へリードしつつ、どちらかが犯人という方向へと持っていく。

・二人のうち一方が計画を立てたが、その際にもう一方が現れたために現場を離れ、のちに現れた人物が最初に現れた人物の計画を継承し殺人をする。といった様々な推論が巡る。

・最後に加賀が「犯人が分かった」と言い切り終わる。

・論理的になぞはきちんと解けるようになっている。

 

『白馬山荘殺人事件』(1986)

 

・こてこての本格ミステリ。東野の三作目。

・先ほどの自著解説によると「新本格の人が出る前にクラシカルなミステリを書きたかった」とのこと。

 

新本格以前

 

・本作が出版された翌年、綾辻行人がデビューする。

・東野にとって青春ミステリー後の新機軸となる作品。

 

本格ミステリ

 

・本格ミステリとは言いながらも、人間関係も描いている。この時代は社会派の影響が強かったためか。

 

暗号と密室トリック

マザー・グースの歌詞の解読

 

・舞台はイギリス人の建てた別荘。各部屋にはマザーグースの歌の一説が刻まれている。この部屋の中で密室殺人が起こり、謎解きが始まる。

・二人の親友の女性が探偵。彼女らは兄の自殺の理由を知るためにこの館へとやってきた。

・この二人は明らかにレズビアン的な関係を彷彿させるような書き方がなされており、沢村真琴はボーイッシュで男性嫌いの設定で、原菜穂子と親友以上の関係を持っている。東野の読者サービスか?

 

引用元

ヴァンダイン『僧正殺人事件』

アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』

 

・マザーグースにちなんだ連続殺人事件を扱った作品。謎めいた歌詞の一説が引用され、それと似たような事件が起こる。

・実は、マザーグースの歌を読解すると宝物のありかが分かるようになっていた。殺された兄は何を見つけようとしたのか? 宝とは何だったのか?

 

ガリレオシリーズ

 

・東野は様々な作風を持つが、<ガリレオ>シリーズは本格派である。

・<ガリレオ>シリーズは物理学者を主人公とした連作ミステリである。

 

天下一大五郎シリーズ

 

・ミステリの文脈で読むと面白い。ミステリをパロディ化した実験作。

・シリーズといっても二冊しかない

 

『名探偵の掟』(1996)

ミステリの”お約束=コード”のパロディ

 

・ミステリのコードをパロディにしたミステリ。本格ミステリはある種のルールが成立するジャンル(ヴァン・ダインの二十則など)。これを維持しつつどう破っていくかを考えることで新しいミステリが生まれる。例えば、倒叙ミステリは「語り手は中立であるべき」という約束を破ることにより生まれたものである。

・密室トリックの章では雪が降り積もってドアが開かなくなったなどギャグも交えている。

・ミステリ批判も内蔵している。

 

『名探偵の呪縛』(1996)

 

・『名探偵の掟』よりもこちらのほうが重要だと思われる。

・一種のお約束を逆手にとった異世界物の作品。

 

異世界/特殊ルールにおけるミステリ

「本格推理」という概念が存在しない世界

 

・現実の常識が成立しないところでのミステリは可能かという作品。謎解きするという考えのないパラドキシカルな世界で謎解きをするという実験作。

・図書館を訪れた「私」はひょんなことから異世界へと迷い込んでしまった。謎解きという概念がない世界で起こる数々の事件に対して「私」は事件を解決することができるのか?

 

『超・殺人事件 推理作家の苦悩』(2001)

 

・これもミステリをパロディにした短編集

 

「超犯人当て小説殺人事件」(問題編、解決編)

 

・入っている短編の一つに「超犯人当て小説殺人事件」というものがあり、これは、非常によくできた二重パロディである。

・ある人気小説家は、各出版社の担当の編集者を呼び出して告げた。この小説の犯人を当てた人の所属資する出版社にこの原稿の版権を渡す、と。人気作家の原稿がほしい編集者は「問題編」をもらい、必死に頭を巡らすが……。

・メタフィクション的な仕掛け施されており、作中作と謎解きが入れ子的な構造となっている。

・実際は作家本人ではなく、ゴーストライターである奥さんが書いた小説であったが、解決編を書く前に死んでしまい、編集者の人に解決編を作ってもらおうとしていたという真相。

・作中作と外部がメビウスの輪のようにつながり、どこまでが問題編でどこまでが解決編なのかがわからなくなってしまう構造。

・作家は最後には殺されてしまう。

・解決編までを含めて、一つのミステリである。二重三重にミステリの枠組みを利用した作品。

・京極夏彦の登場以降ミステリが非常に長いものとなっていった。これからのミステリーは長くなければならないという風潮が生じ、そういった風潮へのパロディーである。京極の出版事情を茶化した作品も。

・次回は「4.綾辻行人と新本格」です。『十角館の殺人』、『どんどん橋落ちた』(以上2作、綾辻行人)、『アクロイド殺し』(アガサ・クリスティ)について核心的なネタに触れます。

 

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